わかりやすい わかりにくい

どうでもいい話です。覚悟して読んでください。

店名というのには、店主の思い入れや経営的戦略があったりする。

「アート引っ越しセンター」というのは、電話帳に掲載されたときに一番最初に来るように考えたと聞いたことがある。

今であれば、検索で上位にくるような工夫ということだろう。

先般京都に転居した長男が、大学時代のアパートで済んでいた宝塚南口には、ラーメン屋で「あ」という店があった。ここは何を考え店主は命名したのであろうか。

となりにうどんやで「ほ」というお店が開店したらいいなと思ったりした。ならぶと「あほ」。


家内の実家は和歌山の広川町というところにあったが、買い物エリアに「喫茶 ん」というのがあった。

電話帳の最後に乗ることを意図したのであろうか。かたわらを車で通るたびに、

「一度電話してみたいね、なんて答えるかな」

と会話するのが常だった。

「喫茶 ん です」

と本当にいうかどうか。言いにくいだろうなあ。ははは。他人事だから気楽だ。

さて、筆者の今のすまいの近くにまことにわかりやすいお店がある。一目瞭然とはこのことである。

古本屋という看板を上げた古本屋である。これは本当に屋号がどうかはまだ聞いていない。


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進化体操ととろける整体とPM速読
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なぜ蜂なのだ、答えて南海さん!

どうでもいい話です。

覚悟してお読みください。


前回「関西空港で、男性の小便器の『液だれ防止』に、的のシールを貼ったら劇的に足元への液だれが減った」件について論述した。男性の生理を世の女性に理解してもらうためである(?)


この「的をつけて液だれを防止する」という作戦は広く普及したようで、新しくきれいにリフォームされた駅の男性小便器などには、よく見かける。

この写真も最近南海なんば駅で撮影したものである。便器の方も年々改良されているようで、中央部分がこちらに三角に張り出しているので、その分的の位置は低めでも液だれがしないような設計になっている。


以前はもっと丸っこく張り出しがなかった。的の位置も高かった。がんばって先っちょを上げないと的に当たらない位置だった。

下の受け皿が足元に張り出した分「的」の位置も下がって大丈夫ということのようで、的の位置がさがっている。だからこの恐ろしい事実にながらく気付かなかった。

関西空港のトイレの衛生状態を一気に改善したシールは、三重丸のまさしく「まと」であった。和弓とアーチェリーの中間のような三重丸。まさしく男心に「的中させるべし」の火をつけるシンプルにして、適格。まさしく的中の的という図案であった。


南海電鉄なんば駅男子トイレの「的」。上の写真ではわかりにくかろう。アップでどうぞ。

これは虫である。的ではない。

お尻のとがり方と胴体の横じまから見て、どう見ても「ハチ」である。これはどう考えてもおかしい。


昭和30年代後半から40年代前半に尼崎市北部の田園地帯で幼少時を送った筆者である。川には魚はおり、土手には草が茂り周辺にも庭にも虫があふれていた。そこにある種のガキの間の厳然たるローカルルールがあった。それは

「虫に立小便をかけてはいけない」

という伝承である。なぜなら、そういうことをすると

「チン○○が腫れてしまう」からである。

筆頭はミミズである。さらにこわい虫がいた。尻の部分に(頭だったかな?)ハサミがついている2〜3センチの小型の虫で、正式な名称はガキどもは誰も知らなかった。なぜならその虫は尼崎のガキどもの間では

「チ○ポ切り虫」

と呼ばれていたからである。その「ち○ぽ切り虫」に小便をかけたりすると、局部が腫れる、下手すると切られるという恐ろしい伝承があった。たまに「ほんまに腫れた」と言い張るやつもいた。

かくいう幼少時の刷り込みがある。筆者は虫に小便などかけられない。それがよりによって「ハチ」である。徒歩移動しかできない「ち○ぽ切り虫」でもあんなに怖かったのに、空中からの高速攻撃が可能で、しかもその武器たる針の激痛というものは、すさまじい。

一度頭をハチに刺されたことがあるが、何気なく立ち上がり、頭を起こしたらコンクリートの角がちょうどそこにあった、というぐらい痛かった。


もともとは的だった。オスを意識できるまことに素晴らしい発案だと前回に書いた。しかしなんだ。南海電鉄難波駅のトイレ。なぜハチなのだ。一番一目にさらさない部分を、なぜハチにさらさないといけないのか。

世の男性をますます委縮させようという陰謀なのか。少子高齢化に拍車をかけさせようという誰かの陰謀なのか。

南海電鉄の社長はこのことを知っているのだろうか。


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3月20日21日
とろける整体速習セミナー
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女子は知らない 男の本性

2月9日の読売新聞の夕刊に衝撃的な事実が報道されていた。

※この記事は2007年2月の筆者の別ブログより編集、転載したものです。

なんと、現在男性の3割が、「座ってションベンをする」のだそうである。(新聞の見出しではションベンではなく「座って用足し 男の3割」「男のトイレ習慣 変化」「清潔志向 / 妻に言われて」であった)

この立ち小便というのは、筆者が女性に「男性というのはね、これこれこうなんですよ。だからね、根本的に女性とはものごとの見方が違うんですよ」というたとえ話にする多用されるものである。

「男性というのは、非常に目的指向的である」ということを説明するのに、立ち小便は最適なのである。

トイレに入りしなに、トイレットペーパーをひょいとちぎって鼻をかむ。そして、その紙をトイレに捨て、そこから小便を始める、という際、筆者は100%の確率でその紙に水流の照準を当てる。

そして、「よっしゃ、紙を突き破ってやるけんね」と水流をほとばしらせる。


水に浮かぶトイレットペーパーというのは、意外に強いものである。あるいはほんの少し沈んでいるその「少し」が、紙に衝撃をダイレクトに当てさせないバリアの役目を示しているのかもしれない。

とにかく、水槽にトイレットペーパーが浮かんでいる際には、100%穴をあけんと狙うにもかかわらず、人生の中で「どぼどぼどぼどぼ」と紙を突き破り、へろへろに雲散霧消させた経験というのは一回もない。

一回もないにもかかわらず、筆者は今日もトイレットペーパーに対して、水流をほとばしらせる。飽くことなきチャレンジャーなのである。

これが雪上立ち小便の際であれば、「少しでも多くの雪を溶かす」ということが使命となる。

というような話を男性にすると、過去、圧倒的に共感を得てきた。

劇団オクトの(先日解散したけど)演出のH坂氏は深い共感の後、

「雪上にて小便をする際には、融雪に励むこともあるが、より長い線を書こう、願わくば文字にしようと試みることもある」

と自身の経験を口にされた。

なるほど、人それぞれ挑戦する種目は多様なようであるが、そのチャレンジジ精神、目的指向的立ち小便という構造は変わらない。

いやいや、待てよ。それはお前(筆者のこと)とH坂氏だけじゃないの?とお疑いの女性の方々もあろう。(男性には深く共感を得ていることと信じる)

しかし、この小便時における男性の「目的達成指向」というものは、我ら二人だけではない!ということを物語る客観的なデータがあるのだ。


男性器というのは、股間から前方へ突き出た水まきホースである。最初は膀胱内の水圧はマキシマムであろうから、ほとばしり出る(これは男女変わらないと思われる)しかし、最終局面になると、水圧は急激に低下するから、「じょじょじょじょじょ〜」とほとばしっていた小水は、「ちょろちょろ・・・」という情けない状況になる。

水流は水圧に応じた飛距離を得るので、最終局面における水流は、垂直落下に近くなる。


すると、その小水は、便器よりも離れて立っている場合には、床面に落ちる。

すると、見た目も良くないし、臭いもするし、清掃の手間も余分にかかる。

そこで

「今一歩前にお進み下さい」

というような掲示が、男性便器の目の高さに貼ってあったりする。


「今一歩進め。 君が思うほど、君の○○は大きくない」

という文言が貼ってあったことさえある。(ホントにこう貼ってあった)

しかし、この文言を読んで素直に前進する輩というのは、非常に少ないのである。それが証拠にどこのトイレでも「最終局面での垂直落下小水による床面汚染」というのは見られるのである。


この問題を見事に解決(ほぼ)解決した公共施設がある。関西におけるもっとも国際的な場所、関西空港である。それも実に低予算で「床面汚染を激減する」という目的を達成したのである。

それでは問題です。

関西空港では、どうやって一個あたりの便器に対して、おそらく10円以下の予算で、小便が床に垂れないようにしたでしょうか?


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正解は「便器の小水があたる面に、的の図案のシールを貼った」である。


便器下部の排水面ではなく、垂直な向こう正面の性器よりもやや低いだけ、というけっこう高い位置に弓道やアーチェリーの的のような◎(確か三重丸だったと思う)のシールを貼り付けたのである。

的の大きさはせいぜい3センチ程度。(筆者、関空で確かにこのシールを見た)

便器が白い壁面だけだった時には無法地帯と化したトイレであったが、的シールを貼られたら、ほとんどの男性がそのシールの的に水流を当てようとしたらしい。シールを貼って以後、床面の汚染が激減、皆無に近くなった、というのである。

かくなるデータをもとに、筆者は男性の小便時における目的達成指向性というものに、ゆるぎない確信を持ったのである。


小便時に、小水の着水地点付近に、なにか達成感のあるもの(融雪とかね)や目標物、的などを置かれると、男たるもの、一心不乱にそこに小水をぶつけたくなるという本能というか、習性があるのである。哀しい性(さが)である。

関西空港という地の利を考えるなら、そのトイレに全世界の男性が集う可能性というのは、たとえば大阪の天下茶屋八尾駅前よりも飛躍的に高い。

ということは、この

「的を見ると当てたくなる小便時の習性」

というのは、これは人類共通の男性の習性であると言えるかもしれない。


さて、筆者は何が言いたくって、延々おしっこの話をしているんだったかな。そうそう、新聞に「男性の3割が、洋式便器に座って小用を足している」という新聞報道を読んで、世の男性のあり方に危機感を覚えたのであった。

はたまた少子高齢化の行く末に、いっそうの危機感をつのらせたと言ってもいい。

立って小便する、という男性がみずからが「雄」であることを自覚する数少ない機会を、それほど簡単に手放していいものだろうか、という思いである。

不二屋のこと、耐震偽装のこと、ねつ造テレビのこと。昨今は「帳尻さえあってればいいんじゃないの」というまことに底の浅い仕事の仕方によるほころびが露呈して、社会問題になっていることが多い。

仕事に対する「誇り」とか、職人としての意地とか、職業人としての使命感とか、そういったものが極端に軽薄化している。


そういったものを持つ人が少なくなるほど、世の中は成り立たなくなる。そういったものを持つ人たちのお陰で、今の安穏とした暮らしが享受できている。

しかしながら、そういった「俺っちは江戸っ子でい」とか「職人でぃ」とか「ぽっぽ屋でい」とか言った矜持というものは、別に周囲からしたら理解不能な本人のみの納得というかよりどころによって成り立っている。これこれこういう理由で江戸っ子であるからには、熱い風呂の湯を我慢する、と言う明白な理由付けなどない。

いうなれば、その彼のよりどころにしている背景にある生活様式に組み込まれていると、本人が思いこむことによって成り立っている。

和式トイレが絶滅の危機にひんしている。これによって推定平均一日一回、下っ腹にぐっと意識やら気やらを集める機会を日本人は失った。

立位による小便を手放そうとしている。これによって一日数回、腰をぐっと入れて我が男性の男性たるゆえんをぐぐぐと前に突き出し、「俺は男だ」を意識する機会を失おうとしている。

これらの生活様式を手放すことによって、どんな影響があるのか、というのは不明である。しかし、雄が雄を意識する希少な機会を手放すことにはやはり危機感があるのである。

2016年3月予定を更新しました
進化体操・とろける整体
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先日紹介した「表はまったく焼けていないのに、裏は燃え尽きんばかりに焼けているお好み焼き屋さん」

今日、私用で近鉄の弥刀へ行った。

行きは気付かなかったが、帰りに同じ系列の店があった。

「ジャンボ總本店」

難しい字を使っているが「總」は「総」である。総本店である。

先日の報告は塚口駅前。今日は近鉄弥刀(やと)駅前。そういえば南海本線で帰宅するとき、春木駅前にもある。調べてみると大阪市内だけで30以上、東京都内でも20以上の店がある。

どうやら全国に100店舗以上の総本店があるらしい。

「総本店」を辞書で検索したが記載はなく、近い言葉として「総本家」があった。

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【総本家】

一門の大もとの家。多くの分家が分かれ出た、もとの家。

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総本家の「家」を「店」に変えれば、総本店の意味としてもおおむね外れてはいないだろう。

ちょっと待ってほしい。

大体「本家」を名乗るだけでも相当重い。「山口組本家」なんていうと、相当数のその筋の方の背筋が伸びるはずだ。

その本家の「總」なのだからどれだけ偉いんだと思うがやたらたくさんある。

総本店が100店もあったら、その本店は何て呼んだらいいんだ。




進化体操やとろける整体講習会
2月〜3月 大阪・東京・名古屋・静岡
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三井住友銀行OLの顔が悲しすぎる件

どうでもいい話です。かなり覚悟して読んでください。

銀行に行き、仕事関係の振り込みをした。そこは、整理の都合上、「お客様のお名前の上に、三桁のこの数字を入れてお振込みいただけば、確認が迅速になります」と請求書にあたるメールに書いてくる。たいしたてまでもないので、名義人は自動でなく手動で入れるようにしている。

のを忘れた。

自分名義でいいですかという画面上の問に「はい」を押してしまった。ここは「いいえ」を押して、数字三桁+カタカナで「ツダヒロフミ」と手入力する場面だった。間違いだ。やりなおし。なので中断関係の表示を探して押したら、

「恐れ入りますがもう一度最初からやり直してください」

という表示が出た。それはなんの問題もない。気になったのは、そこに同時に表示される銀行員男女のイラストである。

なにか悲しそうな顔をしている。まだ男性行員はいい。そこそこ見た目は誠実そうにして、できるだけ事務的に表情を表に出さず頭を下げている。それでいい。間違えたのはこちらなのだから、そつなく「もう一度お願いします」というその顔でいい。ここで大口開けて笑っているイラストで「もう一度お願いします (^^)/」だと腹が立つが、無表情に近いのはかえって場に合っていると思う。

気になるのは女性行員の顔である。今にも泣きだしそうな顔をしている。スマホなどで画面を拡大して見られる方はぜひ拡大して見ていただきたい。きっと私の気持ちがわかってもらえるだろう。何がそれほど悲しいのか。

男性行員の腕が左右対称に中心に集まっているのに対して、彼女の方は腕も微妙に不均衡である。がっくり崩れ落ちそうなのを必死に支えているのを隠しているのかと見た。しかし、彼女があそこまで悲しむようなことを俺はやってしまったのだろうか。

振り込みのあて名を間違えただけだ。15秒もあればきっとやり直せる。そのことであなたの業務を大幅に増やしてしまうような何かを引き起こすとは到底思えない。

責任のないことを申し訳なさがるという感性は、本当は責任のあるときにすっとぼけるという感性と表裏一体である。銀行よ、俺に何をしたんだ。???



進化体操公式ブログ
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日本は広い

沖縄で進化体操講習会を開催してくださる方があって、二泊三日で沖縄へ。

テニスコーチをされている方なので、メインの講習会以外にも、テニスレッスンでも応用方法を研究することになって最初の二日間はぎっしり講習と研修がつまる。

最終日の午前中だけ空いたので、ほんの少し観光へ。

「では海の見えるカフェでお茶でも」

すると、外にはのぼりが、中にはポスターがでかでかと貼っていた。

「冬季限定 ほっとぜんざい」

沖縄で「ぜんざい」といえば、「氷あずき」的氷菓子のことらしい。(豆は小豆より大きいけど)

そういえば、昨日の講習会のランチのときに、沖縄の人が言っていた。

「初夏に本土に行ったら、喫茶店で【アイスコーヒー始めました】という張り紙を何か所も見ました。やたら新製品あつかいだなと思ってました。後で気づきました。アイスコーヒーは年中やってないんですね」


沖縄にも「どうでもいい話」ブログをやっている方があれば、大阪で「アイスコーヒー始めました」の貼り紙を写真に撮り、「本土では、アイスコーヒーというのは夏しか飲まないらしい」という記事を書くのかもしれない。

違いが、楽しい。

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進化体操3月講習情報・口呼吸の弊害・肩回しの威力などなどの記事を掲載
進化体操ブログ
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なにを見てほしくてそこにいるのだ 

どうでもいい話です。覚悟してお読みください。


地下鉄某駅のトイレの話である。

個室内に洗面台があり、鏡がある。ありがたいことである。

しかし、その鏡の位置が微妙である。

そこに鏡があれば、反射的にわが身を映し、その姿を確認してしまうという人は多かろうと思う。

夜の電車などで、車窓に映るわが姿を見て、髪型などを点検する方などよく見る。

そこでトイレの鏡である。なんと、大便をしようと座ったその姿がくっきりと横から映るようになっている。


繰り返す。そこに鏡があれば、反射的にわが身を映し、その姿を確認してしまうという人は多かろうと思う。

なにゆえ、わが生涯の中でおよそもっとも人に見せない姿を、ライブで確認する位置に鏡を設定したのか。

鏡の左手にあるのは洗面台である。洗面台の正面につければ何の問題もないではないか。なぜそこに鏡が取りつけられない事情があったかは確認し忘れた。それほどにこの鏡の位置が不可解で、混乱の極にあったのだ。

洗面台正面に取りつけられないならば、別に上半身が映る程度の高い位置の鏡でよかったではないか。

なにゆえ、ここまでくっきりと姿が映るところまで下に伸ばしたのだ。

鏡よ鏡。君がどこかの工場で生まれたときに、青雲の志を抱いて社会へと旅立っていったことだろう。しかし、その配属先が、おっさんがくそ垂れる全身像しか映すことのない職場だとは思ってもみなかっただろう。

無念だろう。不憫だろう。耐えよ。そのうちきっと報われる日も・・・・来ないような気がする。

設置責任者の意図が知りたい。もしかしたら、人の生命にかかわるような深い意味があるのだろうか。知っている人がいたら、どうか教えてほしい。


進化体操・とろける整体・PM速読
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